東京もいよいよ緊急事態宣言が明けて。 [日本本帰国?]
タイでプミポン国王が死んで喪に服していた期間に似ていた、コロナによる2か月におよぶ外出自粛生活。
まあよく頑張ったってところか。
私の場合、2か月間は在宅勤務だったので、外で働かないといけないエッセンシャルワーカーの人たちや、
仕事自体ができなかった人たちと比べたら、有難かったといえると思うけど、それでもストレスはあったよね。
スーパーと公園しか行くところがないって生活にくらくらしたし、うんざりしたわ。
ただそんな生活に慣れつつあり、かつ、明ける希望が見えてきた2週間前くらいから、気持ちはかなり変わった。
やはりいつ終わるともしらない、というのと、もうじきに明ける、というのでは全然気持ちが違うよね。
そこで急に、どう巣ごもりを快適に過ごすために・・・というマインドから、明けたらまず何をすべきか、という
思考に180度目指すところが変わる。
案の定6月1日から、わたしの会社でも在宅勤務令が解かれて、久しぶりに電車通勤をすることになったし、2週間前に頭を切り替えておいてよかったわ。
とはいえ、今までのように9時勤務開始なら、5分前に布団から這い出す、というわけにいかなくなる、というのは、あーやだやだ、である。
2週間前、もうすぐ明けそうだ、となって、街に用事で出かけ始めた時には、人間らしい生活を取り戻せたようでとてもうれしかった。外気を吸える喜びよ、という感じだった。
だけどね、いざとなると、今ところは、むむむって感じ。
在宅勤務だと下手すれば1歩も外に出ないで済んでしまうのだが、それだと非常に心身のバランスに悪いというが
肌で感じられるので、絶対に昼休みと仕事後、またはどちらかは、たとえ近所の公園でもスーパーでもいいから外に出るようにしていたのだが、それだって結局たいした運動量ではない。
ちゃんと朝、街に繰り出して、夜、仕事を終えて、遊び歩いて帰宅する、それぐらいがちょうどいい心身の心地よい疲労度であり充足感なんだよなと、あらためて感じた。
が、毎日早朝通勤か・・と思うと、本当に嫌になるわ。
今までよくこんな非人間的なことをやらされていたのだろうか、と。
かといって自宅、とくに実家での勤務というのも気が狂いそうになるものだった。
一人暮らしの部屋ならいいのかもしれないが、リタイアした父母にとって、娘が家にいるというのは
家で働いているのか、家でのんびりしてるのか、の区別がつかないようだ。
とくにPCに向かっての作業というのは、たまにオンラインMTGをしてるとしても、
PCに向かって仕事してるのか、遊んでなるのかは区別がつかないのだろう。
頭脳労働というのが、特に母親にはぴんときていないようで、私が口を閉じている間に頭がフル回転していようが、そしてフル回転させながらコーヒーをいれに台所にきてるところで、うんざりするようなどうでもいい
愚痴などを浴びせられると本当にげんなりしてしまう。
会社のオフィスでコーヒーを買いに行ってエレベータで同僚とすれちがって、雑談するのとは全く違う。
やっぱり、会社に行く、というのは、仕事をして給料をもらっているというのもあるが、
とりあえず会社にいて席に座っていることで、給与が発生している面もある。
席に座っている=給与が発生する行為、であるので、気持ち的にも少し楽だ。
でも家だと、残業は基本的に禁止、さらに仕事量がある、となると、プレッシャーは逆に高くなる。
まあでも新しい生活が始まる!
海外に行けない、それはつらい。
とりあえずあと半年分は、海外がからむ行動計画、ビジネス計画が立てづらいので国内で完結するプランを立てないと。。
今は晴れ晴れしているだけの気持ちではなく、変化をうまいことサバイブしようという臨戦態勢的な気持ち。
でもコロナのせいでつかの間とどまることになった実家から、早晩東京に戻る。
それは希望だ。
東京に戻ることは、進歩ではない。惰性で戻るとすらいえる。
ただこのまま実家にいつづけたらダメになってしまう私に、住み慣れた東京に戻って体制を整えることは
やはり希望なんだよな。